![]() by genn_taku カテゴリ
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選挙の争点だった郵政民営化。 この政策は首相個人の私怨と執念の為せる技に過ぎないと思っている。 財投改革はとっくの昔に終わってるんだから、民営化ってのは制度的には 全然関係はずなんだけどね。野党もちゃんと言えば良いのにね、そういうことを。 因みに某首相は、知る人ぞ知るバリバリの大蔵族。 道路公団改革も、地方の三位一体行財政改革も、郵政民営化も、 (これから始まる)社会保障制度改革も、 彼の政策は一点を除いて、すべて財務省と利害が一致します。 除かれた一点は、「消費税の増税」。これは財務省と利害が相反する。 けど、某首相は、大蔵族だからこそ、増税に対する国民の反発を 熟知していたんでしょうね。 (細川内閣がコケた直接の原因は、「国民福祉税」構想だったし。) 多分、財務省のお偉いさんに、「増税だけは勘弁してくれ、 それ以外はお前らの手足になって動くから」とでも言ってるのではないでしょうか。 慈善か、偽善か。よく判らないですね。 と復活していきなり辛口コメントを書いてしまいましたが、 これ以上反社会的なことや職場の上司の悪口wを書くと、 社会的制裁を受ける恐れがあります。ww それが恐いので、地下に潜ろうと思います。www まぁ、このまま放置でも良いのですが、偽善的に「それも良くないかな」と思うので、 とりあえず、「けり」をつけとこうと思います。 最後なので告白すると、実のところ、あまりブログって馴染めませんでした。 自作のHPほど自由度はないけど、 パソ通のような閉鎖的な安心感もなく、中途半端…。 ブログごとにフォーマットが違うし、訪問者チェックもできないし、 書いてる人のプロフも良く判らんブログ多いし、 トラックバックは理解できないし(それは単に俺の頭が悪いだけかww)…… ということで、短い間でしたが、ありがとうございました。 さようなら。
今日は映画を見に行こうと思ってたのですが、長い会議の後、 派閥の長wから食事のお誘いがあったので、同伴します。 「任意同行」という名の強制連行… 目下、派閥の長の業務終了待ち…… 嗚呼……… 研究者になったなら、こういうことって減ると思っていたんですが、 自分のサラリーマン時代以上にあるかもしれません…。
昨日は会議があったんだけど、そこは派閥抗争の最前線だった。 某派閥のヘッドと対抗派閥のヘッドの直接対決w。 土佐犬の闘犬場のように本当に激しい応酬。 ペーペーの先生である自分には見応えがあったし、無茶苦茶新鮮ですた。 内容的には、どーでも良いネタなんだけどねww。
昨日は学校サボり。丁度授業も会議もない日だったので、勝手に宅調日(自宅調査日:通常、裁判官が自宅で仕事をして職場に出ない日を言う)にしますた。 んで、午前中に軽くプールへ行き、午後に映画館へ。 何を見たかと言えば、かねてから見たかった「誰も知らない」。 カメラワーク、ストーリー構成は抜群です。映画は属人的(「この監督は凄い!」とか)に見ないことにしているんだけど、是枝監督ってのは、間違いなく第一級の映画監督だろうなぁ。 内容的には、「ああ、こういう世界ってあるんだよなぁ」というのが大前提。間違いなくああいう悲惨な世界/人生ってある。ただ、そんな世界でも当事者達は一所懸命生きているし、護るべき物ってのもあるんだよね。だから、自分から見たら、福祉事務所に駆け込めばよいのに…って単純に思っちゃうけど、そんな簡単な世界じゃないんだよね。 母親、長男、外に出れない子供達、父親、長男の男友達、女友達、コンビニの店員、それぞれの気持ちは痛いほど理解できて、「誰が善人」「誰が悪人」なんて問題じゃないんだよねぇ 。色々な思いが交錯しながら、参加者全員、少しずつ何かが足りなくて、良い方向に向かわせることが出来なくて…。 「これも運命」と言い切ってしまうのはとても簡単なんだけど…。 ……どうも割り切れない世界なんだよねぇ。「運命、血縁、絆」って辺りがこの映画のメインテーマだろうかなぁ。 まぁ映画の終わり方からして、是枝監督も結論を出したくてこの映画を作った訳ではないんだろうと思うので、結論を急ぐのはやめておきます。どっちにしても、本当に切ない映画でした。 因みに、「生き物wを大切にしよう」「子供を作る時は責任もって」wwなんて月並みな言葉で片付けるヤツは切腹してください。 細部の話。カメラワークは抜群に上手いね。なんでもない日常的な風景が、有意味で迫力のあるものとして迫ってくるのはさすが。それと、子供達の表情が本当に自然なのは驚かされました。 あ、空港は別世界へ飛び立つためのメタファーなんだろうなぁ。結局、空港どころかモノレールにすら乗れない状況がある訳で…。 それと、雑草は捨てられた自分達のメタファーなんだろうなぁ。 と、そんなことを考えながら映画を見てますた。 かなり切ない映画なんだけど、周囲のすすり泣く声にはちょっと辟易しますた。
えっと、JR西日本の事故に関して、グダグダマスコミの悪口を書いていましたが、実は同様に感じた人が多数居たようですね。今更ながら少しググってみたら出るわ出るわ…。しかもマスコミ関係者(?)による批判が多い多い。当然ことですが、同業種の仕業だからこそ、なおのこと敏感になるのでしょう。 少ししか読まなかったけど、同意できる論旨が殆どで、自分が決して突飛なことを言っていた訳ではないということに少々安堵してたりしてます。←小市民? 一方で、こんなブログも。 http://kiyotani.at.webry.info/200505/article_29.html 確かに新聞社も謝罪するくらいなら実名を出すべきだと思うけど、一方で、ここまでやらなくても…という気もしてたりして。難しいところです。 あ、そうそう、読売新聞社の社員は、当然、週末の宴会や旅行を自粛するんでしょうねw。 まぁ「ボーリングキャンペーン」wを打ったのは「報道ステーション」らしいので、ライバル社の重荷を背負わせちゃ流石に読売には酷かなぁww。
どーもGWの余波で全くやる気でず… って、やる気ないのはいつものことかも知れないけど。笑 今日の授業の準備が難物で、昨晩、自宅にもって帰ってようやく完成! けど、進み方が遅くてそこまで到達せず…… くそー来週に向けて練り直しじゃ!! あ、火曜日の200人授業、大分慣れてきました。 特に、学生の雑談。彼らが雑談をしていても、気にせず授業をできるようになってきた。w これは良いことなのか悪いことなのか…… まぁそもそも、雑談に気を取られた授業にならないので、絶対に身に付けねばならないものなんですが。 ということで、今週の授業終了。明日は授業も会議もないので、思いっきり大学をサボって自宅で研究しようかと計画中です。 因みに、「研究」の内容は、午前にプールに行って「水中における身体能力についての研究」、午後は映画館で、「日本文化における家族制度の諸問題」について研究するつもりです。w
GWは運動三昧してました。 実は大学の後輩連中と一緒に山篭り。いわゆる合宿ってヤツですね。 とは言っても水泳は殆どやらず、自転車とランの練習をしてました。 1日目は本当に山の中で、周囲30kmには人家がないようなところで、自転車とランを繰り返し練習。2日目は町に移動して、自転車乗って、3日目はそこで軽くミニトライアスロンをやりました。 そのミニトライアスロンでは個人1位。ただ、自分より速い人達が揃ってコースアウトしただけだけど。実質4位かなぁ。 まぁ意外に走れたし、何より自分のモチベーションが騰がりました。若者と一緒に行動して、パワーをもらった感じです。 以下はそんな合宿の一こま。 ![]() ってな感じで、なーんにも研究&勉強せずGWは終了。けっこう疲れてて、ヒーヒー言いながら、明日・明後日の授業の準備をしてます。
マスコミのJR西日本報道には辟易してます。 勤務時間外にボーリングしちゃいけないんだろうか? もちろん、関係部署ならいけないんだろうが、全然関係無い部署であれば、心情的な配慮に欠けていたのは事実だとしても、勤務時間外にボーリングをすることで何故あんなに責められなければならないのか、私には全く理解できません。 心情的に責めたくなる気持ちも判らないでもないけど、そういう行事を自粛をするメンタリティって、会社と個人とを一体化させるものだと思わないでもないのですが…。昭和天皇が下血した時に、各種行事を自粛するのと同様な、非常にナイーブなメンタリティが潜んでいるような気がして、とても不健全だと思うんですが。 不健全と言えば、「毎回違う語尾を使うげんたく日記も不健全」などといわないように。 語尾はその日の気分で決めてますので。爆
授業をやるって本当に疲れる。体力勝負の要素大。まぁ来週はGWで休みなので、少しは気が楽だけど。 それよりも、驚いたのが結構会議があること。しかもはっきり言って下らない些細な内容で一所懸命会議やってる。本当に時間の無駄だし、精神的にも消耗する。 んなことを言いつつも、会議終了後、同僚に「会議中寝てたよね」って突っ込まれたけど。
列車脱線事故のニュースを見ていて、ある記者の傲慢な姿勢に我慢ができなかった。 それはJR西日本の役員が記者に対応している場面。記者が役員に怒号を浴びせている。昨日の午前中、JR西日本が何も対応できない状況で「責任を感じないんですか!人が死んでいるんですよ!!」と。 この記者は、どういう立場で事件を見ているのだろうか。先の怒号は、被害者側の一方的な立場で事件を見ていたのではないか。冷静に事件を伝えるべきジャーナリズムとしてそれで良いのだろうか。私はそれでは使命を果たしていないと思う。事実関係が明確ではない段階で、ジャーナリズムは何よりも事実を正確に伝えることが何よりも大切な使命ではないか。そういう段階で、一方の当事者に怒号を浴びせるのは事実関係を解明するのにどの程度役に立つのか。むしろ障害になるだけではないのか。 もちろん事件の事実関係が明らかになった後の検証番組であれば、そのような一方的な立場で物事を考えるのも許されるだろう。しかし、事故直後の状況ではまだその段階ではないだろう。 そういう状況で、件の記者はどの立場から当事者へ怒号を浴びせたのだろうか。これは、単なるジャーナリズムの傲慢さの現われに過ぎないのではないか。「自分が正義を伝えている、自分が正義なんだ」という根拠のない慢心…。そういうものが、この怒号を産んだのではないか。そう考えると、事件とは全く関係のないところで、言いようのない嫌悪感を覚えてしまった。
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